弘山晴美選手、土佐礼子選手、区切りのレースで快走

2009/03/23 17:42
東京マラソン2009(3月22日、東京都庁前〜東京ビッグサイト)が開催され、引退レースとして臨んだオークリーサポート選手の弘山晴美選手、現役生活の区切りのレースとして臨んだオークリー契約選手の土佐礼子選手が42.195kmを万感の想いをこめて快走しました。

弘山晴美選手は大会直前合宿の昆明で風邪を引いてしまい、気管支炎を患いながらの苦しい走りでしたが、「トラックの女王」として、また長らく日本女子陸上界のエースとして君臨した底力を発揮し、2時間35分台の10位で引退レースを飾りました。弘山選手はアトランタ、シドニー、アテネと長距離トラック代表選手として3大会連続五輪出場という快挙を成し遂げ、2000年にはマラソン五輪選考レースで22分台という好記録をマークしましたが、選考方法の難によってマラソン代表としての道を絶たれてしまうという過去があります。それでもトラック種目で五輪出場を内定させるほど距離対応に優れた素晴らしい選手でした。まだサングラス着用者が少ない10年前から眼を守るために積極的にサングラスを使用してくれたトップランナーでした。

土佐礼子選手は2時間29分台の3位でゴールし、そのまま夫でありコーチである村井啓一さんの胸に飛び込みました。世界選手権では2度のメダルを獲得。五輪にも2度出場し、この10年間まさに日本女子マラソン界を牽引してきた選手でした。2001年の世界選手権エドモントン大会のマラソンでオークリーのM-Frame(エム・フレーム)を着用してサングラスデビューし、以後マラソンでは常にサングラスを着用してその必要性をユーザーに発信し続けてくれました。特に印象的だったのはオークリーのスポーツサングラスに装備されているハイドロフォビックレンズコーティングに対するコメントです。世界陸上大阪大会で設けられていた真夏のレースで選手の体温を下げるためのミストゾーンでも、北京五輪でのレース中に雨が降ってきた時も、ほとんどの選手がサングラスを外したのに土佐選手はオークリーのサングラスを外さず、しかも「負担やストレスを意識せずに走れた」とコメントをくれました。まさにレースにおける新しいサングラスの使い方を実践してくれた選手でした。

2人が最後のレースで着用したのは共にEnduring(エンデュアリング)。レンズも2人とも調光レンズをチョイス。これは弘山選手が以前からオークリーのVR系レンズカラーが大好きということと、土佐選手から「天気は悪いけど、できれば人から私の眼が見えにくいレンズを」というリクエストがあったことから紫外線量に応じてレンズ濃度が変わる調光レンズを選んだのでしたが、当日はまさに調光レンズにうってつけの天候でした。室内にいる時やスタート時は非常に薄い色合いでしたが、走り出して晴れ間がのぞくとレンズカラーは選手の眼が見えない暗めの茶系レンズへと変化していきました(現在オークリージャパンでは調光レンズの販売はしておりません)。

両選手共に素晴らしいコーチであるご主人が支えになっての競技人生だったと思います。これからは家庭を支えつつ、経験を活かして今後の日本陸上界の発展を支えてもらえたらと思います。本当に長い間お疲れ様でした。そしてありがとうございました。

また今回の東京マラソンは世界陸上競技選手権大会の男子代表選手選考競技会を兼ねており、オークリーサポート選手の前田和浩選手が2位に入賞して代表枠を勝ち取りました。女子はEnduringを着用していた那須川瑞穂選手が見事優勝を飾りました。

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