ル・マンに参戦した中野信治選手よりレースリポートが届きました

2008/06/20 18:05
ル・マンに参戦した中野信治選手より帰路の機内で想いをつづったレースリポートが届きましたのでご紹介させていただきます。

ル・マン24時間耐久レース。
世界三大レースの一つであり、その長い歴史と栄光に包まれたこのレースが、今年もフランスで1年のうち最も日が長い夏至の日、6月の第3土曜日に行われた。
僕は5月の末に渡欧。ここ数ヶ月交渉を続けてきたスペインの新興チームである、Epsilon Euskadi
(エプシロンエウスカディ)との最後の交渉の為だ。僕にとっては、今年のル・マン参戦への最後の頼みの綱がこのエプシロン。迷っている時間はない。可能性が残されているなら行くしかない。慌しく日本を発ったのは5月28日。6月1日のル・マン公式練習のわずか4日前のことだった。

フランスに到着した翌29日には、これまで顔が見えなかったエプシロンのメンバーとの初顔合わせ。エンジニアは、なんと僕がF1のプロストGP時代に初めて共に仕事をしたイギリス人のハンフリー・コルベット。なんという偶然!プロスト時代、僕が一番気が合っていたエンジニアだ。これは感覚的なものだが、僕は人の「気」をとてもダイレクトに感じることが出来たりもするので、なんかいい空気感を感じる・・・。

30日にはシート合わせを終え、あとはチームが参戦出来るかどうか、大会主催者からの連絡を待つのみ。
タイムリミットは6月1日の公式練習の前日である31日の車検日。この日までに連絡があれば今年もル・マンに出られる!
そして待ちに待った結論は、残酷な事に参戦はほぼ不可能になったとの通告。時間のない中ここまで頑張ってマシンを組み上げたメカニックたち、そしてこのマシンで戦える事を信じて、各国からここル・マンにあるサルテサーキットに集まったドライバーの面々。今回のメンバーは僕を含め3人全員が元F1ドライバーであり、チームがいかにこのもう1台のマシンに期待をかけていたのかが解る。それだけにこの結果を受けて僕達がどれだけ落胆したか・・・。この時の僕の気持を言葉にするのは、とても難しい。それだけ色々な思い、気持ちが交錯していた。やはりその大きな理由の一つに、この挑戦は自分だけのものではないと思っているから・・・。

今年のル・マンの参戦はこの時点でほぼ不可能になったと、僕はこの決定を理解していた。それでも僕はそのままサーキットに残り、6月1日に行われた公式練習走行に立会い、もう1台のマシンの作業の為サーキットに残っているチームの元に毎日通い続けた。走らなくてもチームとのコミュニケーションは図れる訳だし、何よりも彼らと友達になれる。そしてチームに対して、エンジニアサイドでのテクニカルインプットを僕の経験で助ける事も出来るはずだから。

そして迎えたレースウィーク。
ル・マン名物でもあるジャコバン広場での公開車検がこの週に行われる。そして月曜日、訪れた運命の瞬間。
サーキットから戻りホテルの駐車場にいると一本の電話が。
「信治、今どこにいる?」
「ホテルに向かっているけど?」
「Are you ready to jump into the car?」
「・・・もちろん!え、でも今何ていった?!」
「マシンに乗る準備は出来ているかといってるんだ!もう1台のマシンが参戦出来る可能性が出てきたぞ!」

あまりの突然の展開に頭の中でよく状況が理解出来ない。ただ言えることは一つ。明日のジャコバンでの車検後に最終的な結果が出る!今回は可能性がかなり高そうだ!

「OK!とにかく明日サーキットで!」

僕はホテルの駐車場に停めた車の中からしばらく動けなかった。どのぐらいの時間そこに座っていたのか・・・。
何かとても不思議な気持になった。今まで何度か味わった事があるこの感覚。
セレンディピティ・・・・・。人の思いや信念、いやそんな概念を越えた何かがこの世の中には存在するんだと言う事実。諦めない事の大切さ、信じ続けることの尊さ。僕の座右の銘は「信じれば叶う」。もうずっとずっと言い続けている言葉。簡単なようで難しい。信じ続ける事は、決して容易な事ではないと思う。本当にいろんなことが起きる。でもそんな時、自分自身の信念が試されるのかも。

この日車の中から見た暮れ行くル・マンの空の色は一生忘れないだろう。

「信治!明日から走れるぞ!マシンが繰り上がって参戦が正式に認められたんだ。」
その時はもう驚かなかった。ただただ、今回僕を応援してくれている沢山の方達の事を思い、そして深く感謝。
あとは僕がドライバーとして、最高の仕事をするだけ。ここからは、「ドライバー中野信治」に戻り、それだけに集中出来る。これがどれほど幸せな事か。6、7年前の僕にはまだ解っていなかった。でも今の僕は違うと思う。

水曜日、チームに加入して始めての走行日。今回僕のチームメートに選ばれたのは、いずれも元F1経験者。
一人はフランス人のジャン・マルク・グーノン。彼はこのルマンでの経験も長く、何よりも彼の持つそのスピードはヨーロッパでも誰もが認めるドライバー。もう一人は元フェラーリのF1ドライバーでもあるステファン・ヨハンソン。
僕が子供の頃、テレビで見ていたドライバーだ。彼もこのレースでの経験が長く、且つレースというものを知り尽くしている。チームメートとしては最高のドライバーが再びここに集まった。

ジャン・マルクが走り初めからテストを担当するが、全くマシンがまとまらずこの状態で僕とステファンが乗ってもあまり意味が無いということで、時間節約でセッションの殆どをジャン・マルクに委ねた。僕とステファンは結局夜の走行の規定周回をするにとどまり、この日は1周しただけで終了。
僕達3人はこのマシンを見るのも走らせるのも今回が全くの初めて。チームにとっても初めてのル・マン24。
始めからスムーズにいくとは思っていなかったが、1周しか出来ないとは・・・。シートの感覚も、初めてのクローズドボディのルマンカーの感触も掴めないまま、2日目の走行・予選を迎えることに。

まず3ラップ、セットの確認とシートや操作系をチェックしながらの走行。ここで大きな問題が発生。パワーステアリングが効かない。何らかのトラブルが発生しているが、時間が無い為僕はそのままもう1周だけすることに。このハンドルの重いこと!普段トレーニングで鍛えているけれど、この重さは半端じゃない!何とか1周気合で走って、この地点でのチームの最速のタイムをマーク。毎晩遅くまで作業を続けてくれていたチームの皆からも歓声があがる。
予選はジャン・マルクがやりたいと言う事で彼が担当し、最終的に上手くクリアラップをとれなかったものの、15番手で予選を終える事が出来た。初めてのチームとここまでの状況を考えれば、上出来の順位。ここにくるまでは、時間のない中チームにとっても本当に準備などでタフな時間だった。ここまで頑張ってくれたチームのメンバー全員に心から拍手を送りたい。睡眠も殆ど取らず本当によくやってくれた!

予選を終えた翌日には、ルマン24恒例のジャコバン広場からクラッシックカーに乗ってドライバーがル・マンの市内のパレード。このパレードには、毎年老若男女を問わず本当に多くの方達が集まる。その数およそ数万人。
沿道には人・人・人。そしてみんな笑顔。モータースポーツが文化になるということの意味が、この光景を見ると解る。日本にもいつかこんな日が来て欲しい・・・。ヨーロッパ・アメリカで戦い続け、ずっとこういった光景を見てきたからこそ、僕は心からそう思う。

そして迎えた土曜日、夏至の日の夕方午後3時。ル・マン24時間耐久レースのスタートだ。
スタートは予選を走ったジャン・マルクが担当。2番手目に乗るドライバーはステファン。順位は13、4番手あたりだろうか。2スティントを終えたステファンがピットへ。いよいよ僕の走行がスタートする。僕にとっては4回目のル・マン24。一度は諦めかけた今年のル・マン24、そして最後の最後の大逆転で掴んだこのシート。色んな思いが頭をよぎる。とにかく最高の走りで、楽しんで!

順調に走行を重ね、ついに3人の中でベストラップを記録!調子が徐々に上向き、ここからというその時。ちょうど1スティントを終える直前に突然エンジンがミスファイアを起す。エンジンは今にも止まりそう。まだ僕がいるのはピットまで1キロぐらいの所、ここでマシンが止まったらそこでレースは終わりだ。だが無常にもエンジンはここで息の根を止めた・・・。やむなくマシンを外側に寄せようと外側の縁石をまたいだその瞬間、再びエンジンが始動!

(奇跡だ・・・。)

なんとかピットまで辿りつき、パドルシフトのトラブルによる電気系のトラブルだったことが判明。すぐさま修復し再びコースへ。順調にラップを重ねるかに見えた3周目、今度は突然ギヤボックスに異変が・・・。6速ギヤが壊れた!
ピットまで戻れれば何とか修復が可能だが、ギヤが壊れた場所はルマン名物ユーノディエール。ここからピットまではまだ9キロ近くあるはず。ジョギングの時に見ていた看板の当たりだ。他のギヤを壊さないよう、細心の注意を払ってまだ使えるギヤを慎重に選び、ゆっくりとマシンにストレスをかけずにピットを目指す。
(何とか持ち堪えて欲しい・・・。)
他のギヤが壊れたらそこで万事休す。
駆動力を失ったマシンは、その場からもう1ミリたりとも動かなくなる。祈りが天に通じたのか、ぎりぎりピットまで辿り着く。

ここからはメカニック達の戦争、壊れたギヤボックスを修復する為に一気にピットが慌しくなる。
ピット内に怒号がとびかう。普段は1日がかりでやる仕事を数時間でやらなければならない。結局修復に3時間ほどの時間を要する事に。でも本当によく直してくれた。僕のマシンをピットから送り出した直後、ピット内では歓声が上がったそうだ。

僕にとっては4回目のル・マンにして初めて夜間の本格的な走行。こんな事言って良いのか解らないけれど、初めて夜を迎えられた!少し嬉しい。夜の2スティントを走りきり、ドライバーを再びジャン・マルクに交代。彼も予定の2ステイントを走りきるところだったが、最後に雨粒が落ち始めた。このル・マンの夜は本当に何も見えない。 突然の雨は恐怖以外の何者でもない。雨が落ち始めても、路面の状況がステアリングからしか伝わってこないのだ。この夜の走行でも僕が出したラップタイムが他の二人を上回り、昼・夜あわせてベストラップを記録。チームメートで争っているわけではないが、リスクを犯さずに可能な限り速く走る事には、やはり大きな意味がある。

今年はいよいよ朝を迎えることが出来た。これも少し嬉しい。過去3度の挑戦では、いずれも夜すら迎えられずトラブルに泣いている。まだ本当に喜べる状況ではないが、過去の3年を思うとこんな感情が生まれてしまうのかも。それだけル・マンは厳しく、難しい。

しかしこの状況での走行はなかなかトリッキーな気がする。2スティントを終えて、マシンを降りたステファンの顔が上気し、顔に怒りが見て取れる。雨の中のマシンがひど過ぎる!僕はそんな彼の顔を出来るだけみないようにして、マシンに乗り込む。次にドライブするのは自分だから。とにかく今出来るのは集中して、このマシンを出来るだけ速く、確実に走らせる事だけ。

走行を開始したマシンのフィーリングは確かに難しいものだった。1スティントを終え、2スティント目に入っても雨は降り止まず、難しいコンディションの中での走行が続くが、何とか暴れるマシンをコントロールして周回を重ねる。
だがあと残り3周でドライバー交代というところで、再びギヤボックスから異音が聞こえる。そのままピットに戻り、チームに状況を説明。それを聞いたメカがギヤボックスをチェックした所、やはりギヤボックスが壊れてしまっていた。

一度ならず二度までも同じトラブルとは・・・。

結局これ以上修復の為のパーツが無い為、朝10時過ぎにリタイヤする事が決定。僕の今年のル・マン24が終わった。
リタイヤは悔しい。それはいつどんな時でも変わらない。でも今年のル・マン24は悔しさの中に、大きな充実感が残った。完走も出来なかったし、勝つことも出来なかったけれど・・・。必ずこの流れはそこに繋がるものだと確信出来た。一度は諦めかけた今年のル・マン24時間レースに、最後の最後で大逆転があり参戦が実現した事。1%の可能性とは、無限の可能性にも匹敵するのだという事を改めて感じ、そして学んだ。

レース中にも何度か不思議な力に助けられた。なんだか解らないけど、今年のル・マンにはいつもと違う何かがあった。一人で戦っているのではないと言う事を、深く、深く感じ、考えさせられたレースでもあった。日本から応援してくれていた友人、仲間達、いつもお世話になっている方々、ファンの方達、そして僕が知らない所で僕を後押ししてくれていた全ての力に心から感謝の気持を。

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